ツェルマットな日々 その12日目(後編)



 マッターホルン登頂(Matterhorn 4478M )から
ツェルマットまでの長〜〜〜い一日 





【8月31日(水)】

★★  ソルベイヒュッテまでの下山の話  ★★

下山は、ちょうど11時より例の二人組の後を降りることになる。ポリュックス登山でもそうだったが、高度感をあまり感じずに降りるには、先頭に誰か居たほうが下の斜面があまり見えないので気が楽だ。ジョージもそのあたりも考慮して彼らの後ろに位置づけるようにしたのかもしれない。下りはもちろん自分が先で、後ろがガイドだ。山頂直下はかの有名な北壁の上の斜面なので滑落したら大変だ。ただし、この日は雪がたっぷりと付いた上にしっかりしたトレースがあるので高度感は幸いに感じずに済んだ。下りは自分は比較的得意なので、もっと早く降りれるかなぐらいのペースでゆっくりと先行パーティーに追随して降りる。ピッケルは持ってきたけど使う指示はなかった。


やっと北壁の所が終わると、固定ロープの所に戻ってきた。この辺りから記憶が確かでないが、2人組は固定ロープ付近から仲間があと1人か2人いて、全部で3〜4人組だったのですが、彼らはいわゆる日本でいう懸垂で降りるので、それなりに時間がかかる。ゆっくりとしたペースで、それにはまってしまった。まだ登ってきているパーティ−が居たり
(まさか自分よりも遅いガイド登山パーティーが居るとは思っていなかったが、同じ夕食のテーブルに座っていた高齢のニッカズボンの品の良いおじいちゃんでした。前日取り付きを少し登っているのも見ていたので、まさかここでお会いするとは!)、ガイドレス登山のパーティーで登っている人達がまだ他にも1パーティーか2パーティーおりました。ここだけは、人が多くてどこから皆現れたのでしょうか?という感じでした。自分はダントツのビリの方だと信じていたので、かなり意外でした。


先ほどからの3〜4人組の後をアブセーリング
(とジョージが発音しているのを聞き取っていたのでそのままこう書きます。後で調べるとドイツ語はabseilenというのが懸垂の意味だと判明。日本流ではこの形は上から確保されたロアーダウンと呼んでいる方法だと思います。以下もこのような懸垂をこの名称で書いていきます)で降ろしてもらいます。アブセーリングだと固定ロープの2つ分か3つ分位は一気に降りることができます。ジョージからもっとどんどん降りて良いと大声で上から言われたので「このロープは何m?」と大声で聞き返すと上から「35mだよ」と答えてきました。その長さならばもっと降りられるので、もう少し降りました。自分は確保支点でセルフを取ってジョージが降りてくるのを待ちます。(ガイドは実質確保無しでフリーで降りるのだから、やっぱりすごいですね。)2回目ぐらいのアブセーリングで例の登りで大苦戦の鉄アブミの所に差し掛かりました。左にロープで振られて、空中懸垂みたいな感じになってしまいました。(^^;)このあともアブセーリングを2,3回していると固定ロープは終了です。固定ロープの後半に例の3〜4人組みをやっと抜きました。もちろんジョージは強引に抜く人ではないので、なかなか抜けずにスローペースで時間を取られました。


肩から下も所々に確保支点があるのでアブセーリングで降ります。ツェルマットの地元ガイドだと、このあたりは相当にアブセーリングを多用するようですが、自分は割と足で降りることの方が多く、そのあたりはガイディングの仕方の違いのようです。岩雪のミックス状態の下りは登りで感じたよりも遥かに辛く感じました。いかにもアイゼンの歯で立っている実感です。雪が無ければ楽勝の所も、ずっと雪はあるので緊張して歩いてました。時々リッジに立つと、遥か下が見渡せたり左側がものすごく切れ落ちていて、思わず足がすくみました。(情けない・・・)


果てしなくソルベイヒュッテまでは遠いです。腕にスントの高度計つき時計をしているので時折確認しますが、恐ろしく時間がかかってます。実は下山の途中でジョージが「下りならヘルンリまで3時間ぐらいだよ」と軽い感じでしゃべていたのですが、まあそれは冗談でもソルベイまで2時間が標準時間なので、それ位では降りられるとは思ったのですが・・・。少し下降速度は速くなりましたが、延々とアイゼンでの岩の下りは神経を使います。下りではほとんど下を向いたまま普通に歩くように降ります。山の側を向いてのクライムダウンはごくたまにしか使いませんし、現地のガイドはクライムダウンはあまり好まないようです。自分もクライムダウンはあんまり得意でないので、そのまま降りるとなると、背が低い自分は当然足も短いので、ほとんど足を下の地面に伸ばして着こうとするとお尻まで着いてしまいます。ほとんど腰を落としたに近い<よっこいしょ >って感じの降り方になってしまいます。しまいには<よっこいしょ、よっこいしょ>が口癖になって降りてました。(苦笑 大汗タラタラ・・・・) どうせ、ジョージは言葉がわかならないから、大丈夫ネ(笑)


速い降り方ではないですが、確実な降り方という感じでしょうか?ルートはなんとなく踏み跡が雪に残っているので大体こんな感じかな?という感じで降りていきました。ジョージは放任主義というのか、私が歩きたいように降りたいように降りていきます(笑) 途中何回かは右に行き過ぎたようで、支柱を探してルート修正をしました。あまり急な斜面だと、ジョージに頼んでアブセーリングをしてもらいます。支点があると簡単ですが、イマイチな所やルート違いみたいな場所だと確保支点もないので、ちょっとした岩を利用してのロープを岩に引っ掛けただけでのアブセーリングです。
本当にため息は何度となく、アイゼンを早く脱ぎたいな、岩と雪のミックスの練習をもっとしておけばよかった・・・と後悔しながら降りてゆきます。これ位のレベルの場所は、日本ではザイルを使うバリエーションルートかなと思います。やっぱりマッターホルンは岩と雪のアルパインクライマーの世界です。


あともう少しでソルベイヒュッテかな?というあたりで、急な場所だったのでクライムダウンをしようとして、岩側を向いて2,3歩下りかけたところ、なんと左足のアイゼンが外れそう!後ろのビンディングが外れて持ち上がってます。バンドがゆるゆるになって辛うじて止まっているのですが、前爪を岩のスタンスに置いているので後ろがぶらぶらになってます。「クランポンが外れそう、ちょっと待って」とジョージに伝えました。ジョージもすぐにわかったのですが、どうしようもありません。左足からゆるんだアイゼンを外そうと思って片手でアイゼンをつかもうと思ったけど、そもそもクライムダウンをしている場所は厳しい場所なので、片手を離して何かをするというのが自分の下手なクライミング技術ではできません。そうこうするうちに、クランポンが見事にはずれて落ちて行ってしまいました。


あらあら・・・・。でも幸いなことに、クランポンは10mぐらい下の道のような場所で止まりました。少し降りて安全なし左の場所で待つことにした。するするとジョージが降りていき、難なくゲット。拾ってきてくれて再び合流。ジョージが手でアイゼンをはめてくれようとするのですが、さすがに申し訳なく自分ではめます。出発前からやや左側のビンディングに癖があって少しはめにくく、時折外れかかるとか・・・・という症状があったので、シビアな場面でクランポンが外れなくてよかったです。ここは大分雪も少なくなってきている場所だったので万一無くしても既に大丈夫な場所だったのが救いでした。それにしても、大変なミスで本当に恥ずかしいです。(あまりに恥ずかしいことなので、書かないでおこうかとも思いましたが、自分と他の人への教訓になるので書きました。)体力が抜群の人で大して疲労も感じず、高所であることも何ら問題なく、常に注意力も抜群でそんなミスがない・・・・という人もいるかと思いますが、やはり自分レベルだと高所でややぼっとしていて、一杯一杯の感じなのでそんなミスが出てしまったのだと思います。


クランポンを再度着けてから、やや左側の方に行くような感じで歩きだしました。どこでもこのあたりは降りられるので、より簡単なルートを選ぼうと思えば選べるのです。さっきの選択よりも左の方へ行く方が簡単なようなので、ほんの3分ぐらい再び降り始めた時でしょうか。
突然、物凄い高いカーンというような岩雪崩れ特有の強烈な大音響が上からしました。とっさに振り向くと、東壁の上方の位置から、車1台かトラック1台分位の巨大な岩があたりの雪の塊と共に大量に上から落ちてきました!!! それが、自分達の居る位置よりも右側のおおよそ30mか50mぐらいの向こうの場所に(山が大きすぎてその距離感がつかみにくいのですが)落下してきたので愕然としました。先ほどジョージがアイゼンを取りに行ってくれた場所からの位置だともっと近い位置で、20mぐらいしか離れていないかもしれません。ドキドキしてしまい、心底ほっとしました・・・・。


ヘルンリ稜は、どこでも降りようと思えば降りられる特徴のない斜面なので、山の上から見て右寄りの東壁側に行くとガレ場になってルートを見失うとは言われていますが、ついつい間違って行ってしまうと、今の岩雪崩れのようなことに遭遇すると命取りです。
今回はガイド登山でルートはジョージがわかっているので、その危険ラインまでは入ることはなかったと思いますが、ガイドレスで登る場合だと、あのあたりの位置は間違って入る可能性が十分にある場所ではないかと思われるごくごく近い場所です。本当に気をつけなくてはならないと思います。


そういうジョージも、オーストリアのガイドでなんせまだマッターホルンは6回目のガイディングなので、ルートファインディングは完璧かというと ?って部分少しあり、細かい指示はあまり出されませんでした。大雑把な話として、常に3つ位の選択肢のルート取りが可能だとすると、大体一番良い所を選択できるのですが、たまにやや難しい二番目のルート選択を私がしてもそれで降りてしまうので、ちょっと難しい所を選んじゃった・・・、間違えちゃった・・・・という感じの時がありました。ガイド登山なんだけど自主性に任されているような?、自分でもルートファインディングをしながら降りている感じです。ツェルマットの地元ガイドだと、200回、300回は当たり前の世界ですから、一番楽なコース取りやこの岩の何処そこの上を通った方が良いとかの細かい指示までされるのかもしれませんから、より楽に降りられるのかなとも思いました。(でも、それだと鈍足な自分は山頂までは行かせてもらえなかったでしょうから、やっぱり登れる方がよいので、ガイドがジョージで本当に良かったと思います♪♪♪)


極めて冷や汗の岩雪崩れのあとは20分位で、ようやくソルベイヒュッテに到着です。もう13時半で、2時間半もかかってしまいました。(へとへと・・・・)ここで、ようやくクランポンを外してよいという指示が出ました。岩でのアイゼンの下降は本当に厳しかったので、本当にほっとしました。すっかりマッターホルンもいつの間にか陽が翳ってきています。向こう側に太陽が隠れてしまったせいです。小屋には誰もいません。ここでも水分を十分飲むようにと言われましたが、実はテルモスは500ccで、他にゼリードリンク1個とペットボトルで100〜200ccしか持ってこなかったので、残量が少なく、あまりごくごくとは飲めません。行動食を食べたりしていると、ジョージからはオレンジの飴を頂いきました。これは結構美味しかったな。



★★  ヘルンリ小屋までの下山の話  ★★

アイゼンを外したのでやっと少し足がラクになったので、これで下降も快適に降りれるかなぁと思いつつ、再び下山開始。アイゼンがないので足は軽くなったものの、ずっと2級の下りというのがどんなにキツイか思い知ることとなりました。今までもジョージはアブセーリングをあまり多用はしなかったけど、要所要所はそれで降りてきたのですが、今度はそこそこの斜度をずっと自分の足で降りることになります。雪も道には残っている部分がかなりあり、凍結はしていないけど、それなりにスリップしないように気をつけて歩くとなると自分レベルの脚力ではつらい。登りの時には暗くてあまり見えていなかったが、下りだとスリップしそうで慎重になる。雪があって良いのは、先行者の踏み跡が残るので、間違っている可能性もあるけど、とりあえず降りて行けるという判断材料になる点だ。岩だらけの斜面で登山道でもないので、どこでも歩けそうで、乾燥していれば岩肌から踏み跡も判断できるが、雪が覆っているので、よくわからない。ほとんど<よいしょ、よいしょょ・・・・>って小さくつぶやきながら忍耐強く降りて行くのだった(苦笑) 本当にオーバーズボンを履いてきてよかった〜。お尻が多少岩や雪に触れても安心だ。


ソルベイのずっと上あたりからも、かなり下の方に2人組のパーティーが降りているのが見えていたが、全然距離が縮まらない。まるでストップモーションのように緩やかに私達と平行移動しているようだ。下の位置には左にヘルンリ稜にはツルムが幾つか構成されていることがわかる。上から見て、3つのツルム(塔のような形の岩のピーク)が並んでいるようで、その間にクロワールと呼ばれる切込み状の溝がある。その3つを目印に降りていくことになる。このツルムには登らないで東壁側の斜面を行くのだが、やっと1番目のツルムの付近に来た・・・とか、そんな目印にするような感じで降りて行くのでした。これが、見ていると威圧的なぞくぞくするような感じの光景でまさに岩の世界でした。


なかなか一番上のツルム付近までも到達できなくて、ようやく近くまで降りると、次の第二のツルムもとても大きくて見えて、その付近まで降りるのもかなりかかりそうです。ほとんどルートの描写ができないですが、リッジに立つ場面が記憶ではアイゼンを外してからも2,3回位はあったような気がしますが(アイゼンを外す前と混乱しているかもしれまんが)、本当にすごい高度感で、下の氷河にクラクラした気分で、山を始めてから初めてだと思うのですが、腰が引けて思わず腰を下ろしてしまいました。(大汗・・・・)国内でバリエーションをしていれば、もっと違ったと思うけど、なんせ雪は微妙に残っているは、高度感はあるわ・・・・・。ピッケルを使えばもう少しマシに立てたとのでしょうけど、せっかく持っていったのですが、ガイドの指示もないので一度も使わず。(ザックにつけてあるので、岩にぶつかってかえって歩きにくいものでした。 )いや〜〜、参りました恐らく雪がなければ恐怖感も感じなかったと思いますが、疲労感で既に足元がわなわなと頼りなく。ずいぶん下まで雪がついているとは思ってましたが、やはり登りでは大して雪の影響は感じなくても、下りでは微妙に残っていると踏み固められてやや滑りやすくなっていたりもするので、神経が疲れました。
今更ながら、マッターホルンの難易度は雪の量や質で左右されると実感しました。本当に乾いていればかなり高速で降りれる場合もあるでしょうけど、健脚でない普通のレベルの人ならばかなり時間は変わってくるのではと感じました。


一番上のツルム付近に自分達が到達すると、先行のパーティーはちょうど二番目のツルム付近、自分達が2番目のツルム付近に行くと、彼らは一番下の3番目のツルム付近に居る・・・・という感じでした。どうやら、2番目のツルム付近あたりまで降りると、一番下のツルムの付近あたりにガイドレスで登る人達が明日のための下見に来ているのが見えます。3名ぐらい居たでしょうか? この辺りまでくると、さすがにようやく雪もほぼなくなってほっとした気分です。そうは言っても時間もかなり遅かったです。途中で、ジョージに携帯に電話が入りました。2時半ぐらいだったかな?少し話しをして、すぐに切れました。その時はまだ3時台位には小屋に戻れると思ってました。


ところが、かなり下ってくると、くねくねとした岩肌を縫うようなルートで、いつまで立っても高度が下がりません。よくガイドから右だ、左だと号令をかけながら降りるなんて話を聞きますが、私が迷って後ろを振り向いて「右ですか?左ですか?」と聞くと、右とか言う感じ。さらに困ったのが、「Right(右ですか?)」と聞くと「Right(正しい)」も同じ発音で同じ言葉なので本当に悩ましい。左に進んでいて、正しいですか?って聞いて「Right」と答えられると、正しいのか、右なのか? ましてや疲れていて頭もぼーっとしているので、なんだか?!


それでも、なんとかなるもので大きく意思の疎通が間違ってないようでした。それよりも、ジョージも最後の方になると迷路のようなルートに2度ぐらいルート選択を間違えかかり、やや登り返したり、厳しすぎるルートを私が選択してしまって、無理やりアブセーリングで降りたりとなかなか忙しいです。岩肌を縫うようなルートだと、その向こうにトラバースしていっていいのか?ちょっと待っていてね・・・って感じでルートをジョージが確認しに行くシーンもありました。一番下のツルム付近が相当に時間がかかって、あっという間に3時は過ぎてしまい、まだかなり絶望的な下の位置にヘルンリ小屋があるのがわかっているので、とっても哀しかった・・・・しょぼ〜〜〜ん。


3時半ぐらいになると、再度ジョージの携帯に電話。奥様からだという。<なるほど、予定下山予定は14時ぐらいで、彼は予定では10時間位で降りてくる予定で家族には言ってあったようだ。だから、最初に14時半に連絡があり、あと1時間ぐらいでまた様子を・・・というので、もう一度確認の電話が入ったようです。・・・そりゃあ、時間かかり過ぎて心配だよね。なんせ、今年のマッターホルンは彼も初めてだし。> なんか、申し訳ないぐらいまだ山のかなり上の方なので、この分ではゴンドラの最終時間もやばいかも・・・・・と思うようになってきた。


この辺りまで来た時に、単独で空身で下見に登って行くクライマーなんかも現れて、私のへとへとな形相が自分でも恥ずかしい。さらにもっと下では下見のパーティがずっと観察しているので、かなりかっこ悪かった。下見のクライマー達が何人かいるあたりまで降りてくると、「上まで登れたのか?」と聞かれたのでイエスと答えると、お疲れさんという意味もあったのかもしれないが、「You are alpain climber!」って声をかけられて、喜んでいいのか、からかわれたのか、誉め言葉なのか、未だに?な気分です。(苦笑) あれだけぼてぼての下りというのも初めての経験だ。それだけ自分には大きすぎた山という感じがする。本当にこの下りは永遠に続くのではないか・・・・と思うほど長かった。泣きが入る・・・・という実感でした。


とにかくラストの1時間ぐらいは一向に高度が下がらずに岩肌に沿ったトラバースみたいなのが多かった。このトラバースというのが、実は自分は苦手だ。登り降りだと、確保は上からされるので万一落ちても大丈夫だが、トラバースだとガイドが確保すると言っても、落ちると振られる形で斜面を落ちる感じになるので恐いのだった。とんでもなくゆっくりペースになってしまって、足もわなわな状態で、超厳しい・・・・。こんな所を登ったのだ・・・・と全く真っ暗な中を登っていたので、初めてみる所ばかりで改めてびっくりでした。


最後のヘルンリ小屋のすぐ上の取り付きの所の斜面に出てきたときには、感無量。既に時計は16時を過ぎている。これでは、ゴンドラでの下山は無理だろう・・・・・。でも今日中に暖かいお風呂に入って暖かいベットで寝たいなあぁぁぁ・・・・・そんなことを考えるのだった。いよいよ最後の取り付きの斜面だが、ここの直前のトラバースで十分疲労感たっぷりで、この取り付きの固定ロープにたどり着くのも滑りそうな苦手のトラバース的な斜面で思わず腰を落とすような超ゆっくりモード。固定ロープの所までたどり着いて、やっと最後なので、気を引き締めて降りる。降りる途中で 「I’m no power,very sorry 」と口癖のようにしゃべっていたので、固定ロープと言えども油断大敵。渾身の力を振り絞って、ロープをつかんで降りる。


無事に16時33分、取り付き点に到着。ジョージが降りて来るのを待つ。無事に二人揃って、少し取り付き点から離れた場所でザイルを解く。ジョージはここでハーネスまで解いて登攀具を仕舞ったが、自分は既に心の中でツェルマットまで下山しようと思っていたので、小屋のデポの回収も含めて小屋で全部装備をザックに入れようと思い、しばらくぼっ〜〜としていた。ちょうど、昨日この取り付きでこの壁を下から眺めていた時間と同じ位の時間だと思うと感慨深かった。あの時、すぐに懸垂できなくてずっと降りてこれなかったパーティーの気持ちが痛いほど今はわかった。近い場所に居ながら、全然降りてこなかった他のパーティーのこともまた然りです。


ジョージの準備が整って、小屋まで一緒に下山。とりあえずは小屋に入り、食堂でハーネスを外してから喉が渇いていたのでジュースを買いに行く。ファンタオレンジの500ccのペットボトルが7CHF(およそ630円)もした。でも、ごくごくと飲んでやっと一息。デポ品は2階の下駄箱の所に大きなピンクの袋★注に入れて置いており、取りに行くのと同時にトイレに行く。よく12時間余りもトイレに行かなくて済んだと思うと、本当に神様に感謝だ。(いつもトイレは下界でも山でも割と頻繁に行く方なので、この時ばかりは意外だった。それにジョージも一度もトイレに行ってない。男性ガイドはよく立ったまま小用を足す人が多いのに。)

 
★注:この袋の中にストックまでも収納。本当は小屋の入り口の所にストックとピッケルを置く場所がある。しかし、取り違いが恐いので袋に入れておいた。本来デポ品は、2Fの下駄箱のあたりに小さなプラスチックケースがあるので、その中にまとめて入れて置くのがルールみたい。自分はあらかじめデポしようと思っていた物も多いので、収まりきれないと最初から思って大きな袋(30L位入る細長い小物入れ)を持って行った。


デポの物をザックに収納すると、適当に突っ込んだのでメットが入りきらず。メットは外に着けて行く事にした。水分がツェルマットまで足りないので、もう1本スプライトも購入。小屋で行動食などを摂って、アミノバイタルの粉末を飲んで(笑)、これでなんとか下山するぞ!!って気分になった。チップを多目に払った。(でも、今にして思うともう1泊の小屋代が彼にかかったのだから、もう少しさらに上乗せするべきだったかな?)そうこうしていると、ジョージが登頂証明書を書いてくれた。添え書きもしてくれて嬉しかった。
ホントに自分は登ったんだ・・・・。自分はこれからツェルマットまで降りる旨を伝えた。彼に「明日の予定は?」って聞くと、ちょっとはみかみながらもガイドがあるかも、ないかもしれない・・・・って。<まだお客さんがついていないようかな? > 小屋の中でジョージとはお別れした。本当はゆっくりしたかったけど、なんせゴンドラ使わないでツェルマットまで降りるのだから、夜9時近くまで明るいとはいえ、最後は暗いだろうなぁ・・・。


小屋のテラスに立つと、マッターホルンはやや雲がかかっていていた。写真を1枚だけ記念にと思って、近くにいたクライマーに声をかけたところ、なんだか話しかけられて疲れている頭では癖のある英語はなんだかちんぷんかんぷん。登ったのか?に対してはイエスで、とっても疲れたとは答えたが、細かいルートのことを何か真剣に恐そうな顔で聞きたそうにしていたので、英語は得意でないので・・・と言って、なんとか勘弁してもらった。(苦笑)明日挑戦のパーティーが今日以上に多そうだ。下から見たマッターホルンは、昨日のこの時間よりも随分雪が減って見えた。今日は天気も良く気温も暖かい方だったので急激に雪が減ってきているようだ。


後ろ髪を引かれる思いがありつつも、17:15に下山開始。奇しくもちょうどシュヴァルツゼーからツェルマットに降りるゴンドラの終了時間だった。(苦笑)




ソルベイヒュッテ。上にあるのがソーラーパネルの下部
右にある鉄棒がビレイ用の棒
自分が泊まった部屋は、一番上の右の窓の部屋。
山の上の雲にマッターホルンの陰が写っているのがわかりますか?
お疲れの様子の自分





★★  ヘルンリ小屋から〜ツムット経由〜ツェルマットまでの下山の話  ★★


デポ品を入れてやや重くなったザックを背に、ストック片手にハイキング気分で下山開始。本当に舗装道路って気分でどこでも足を置ける気安さにほっと心癒されたものでした。さすがにこの時間に降りる人はいないけど、登ってくる人は結構多いです。自分はかなり疲れているように見えるので、まさかこのよれよれのお姉ちゃん?が登頂したとは皆思っていないようです。(苦笑)


降りるにしたがって陽が差すようになり、夕陽がかった景色はどこか懐かしげです。ガイドのような人が私に向かって親しげに「へーい、ジョージは何処だい?上かい?」って聞かれたので、なんで私のこと知っているのかな?何でジョージと登ったのがわかるのかな?と不思議に思いながらも、「彼は小屋にいるわ。とっても疲れちゃった・・・・」と答えました。今でも不思議に思うのですが、たぶんリュフェルホルンの岩トレの時に写真を撮り合ったポテトチップをバリバリ食べていた人の善さそうなガイドだったような気がします。この日女性でマッターホルンを登ったのは、同部屋にいたもう1名だけでした。もちろん日によって違うのでしょうけど、女性は多くなくて、かつ東洋人なので、ジョージの知人の人ならばすぐにわかる感じなんでしょうか。


その前後でしたが、携帯が自分のザックの雨蓋の中で鳴ったので慌ててザックを降ろして取ろうとしたら取りそこねて地面に落としてしまいました。アクティブマウンテンからの電話だと思うので、自分の方からかけようとすると、携帯がウンともスンとも言わなくて操作不能!!落とした拍子で携帯が壊れてしまったみたいです。<なんか今日は物が壊れる話が多いですね(汗) > 実はこの時まで、本当に疲れているようならばシュヴァルツゼーに着いた時点でそこにあるホテルに泊まってもいいかなと心の中で20%位は思っていたのです。言葉が苦手なので、もしうまくチェックインできない時には、携帯で通訳してもらおうと考えていたのですが・・・・・。


これで、結局はツェルマットまで降りることを決心。やっとシュヴァルツゼーを見下ろせる所にたどり着きました。ひとまずしばし休憩。山に登れるようにとお祈りした礼拝堂を見下ろす形になるけど、高いところから失礼いたしますと思いながらも神様に感謝です。じんわりと感慨深くあたりを眺めておりました。あの時にハイキングしていた経験がなければ、さすがに自分もこんな遅い時間に降りようとは思わなかったでしょうけど、道は目をつぶってもわかるぐらいによく覚えているので、気持ち的に楽でした。ハイキング地図を見るとシュヴァルツゼーからゴンドラ沿いに降りる細い線があるので、ツムット経由よりもダイレクトな近道かもしれませんが、(翌日茂木さんに確認したところ、やはりかなり急ではあるもののダイレクトな道はあります)、暗くなって知らない道を歩くよりも、急がば回れです。


シュヴァルツゼーからハイキング道をどんどん下ります。駆けるほどの元気はないので、安全に捻挫などしないように心がけながら降ります。先日のハイキングの時は陽光あふれる景色でしたが、今の北壁は寒々しい景色で、このあたりは完全に山の陰です。放牧している羊達が遠くに草を食んでます。羊も角があって恐いので近寄って欲しくないです(苦笑)足早にスタッフェルアルプのレストランまでの道を急ぎます。途中で、突然女性が一人空身で登ってきたので驚きましたが、地元の方のようでした。レストランの所には大きな牛が居るので前来た時はちょっと恐いと思っていたけど、今日は居なかったのでほっとしました。ここから右手の道を選択して、少し山道を下ると林道です。


やっと林道にたどり着いて、あとは惰性で歩きます。ツムットまではあと1時間ぐらい。てくてく歩いてダム湖のトンネルをくぐって、ツムットの集落が見えてきた頃にはかなりほっとしました。ツムットにはわずかに一旦下って、緩やかに集落に入る所が登り坂です。綺麗なサフラン畑に目を癒された3日前と違って、もう薄暗い感じなので花の色合いも見えません。集落の真ん中の道はレストランのど真ん中を通過するのだけど、何やらテーブルを囲んで楽しそうです。大きな犬がいるので自分は犬は苦手なので、しっかりおさえてもらって通過です。彼らから見ると変な時間に変な日本人が降りてきたと思っているでしょう。


ツムットからはあと1時間でツェルマットです。今まではヘッデンの必要は無い夕暮れの道でしたが、集落を越した所でペツルの壊れたヘッデンを再度確認です。やはり乾電池は3つ必要で、2個では点灯しないので残念。(実は乾電池のスペアも最初は持って行こうと思いザックに入れたのでしたが、朝2、3時間の使用でかつ新品を入れたのでスペアまでは必要ないと判断して置いておくことにしました。軽量ダウンといい、肝心の所でホテルに置いてきたものがいずれも必要になるとは皮肉な結果です。)


ツムットの集落を過ぎるとツムット川沿いの道に入り、さらに山陰に入るのでだいぶ暗くなってきました。ただし、幸いなことに想像していたように、地面が白っぽい地質のために道は割りと見やすいく、道幅も広いので安全です。樹木も生えていないし、途中で廃屋の家屋と出てくるあたりまでは暗いながらも支障がない明るさでした。さすがにそれを過ぎて樹林帯の樹がかぶるような道になるとほの暗いです。なんかあんまり気味が良くないので転ばない程度に速足です。途中で、初めて下山途中のカップルに会いました。彼らはやはり何の装備も持たずに降りてます。私からすると他人というのも恐いので、足早に追い抜きました。彼らも結構一生懸命くっついてくるように降りてきます。とうとうラスト30分位は地面が薄っすらと見えているような?見えていないような?という感じで地面の足の感触を確かめながら歩きました。早くツェルマットの集落が見えて欲しいものです。それでも3日前に歩いたばかりですから何とか耐えられたのだと思います。


やっと開けた場所にたどり着いて集落の端に到着です。砂利工場の脇を通過、ツェルマットの町の中心部には左岸を歩き、道も登り坂ですこのあたりからは街路灯や民家の明かりがあるので、ほっとした気分です。明かりってなんていいんだろう・・・・。ゆっくりと坂を登り、さらに下って行くと教会の前に出ました。ツェルマットの町を暗くなった夜には一度も歩いていなかったのですが、皆そぞろ歩きで食後の散歩を楽しんだりしている様子で人通りが割とあるのは意外です。(毎日暗くなる前にはホテルに戻って自炊してましたから、観光要素の少ない登山とハイキング一色の日々でした 笑)


のんびりと橋を渡り、橋のたもとの我がホテルにやっと到着です。
これだけ長く滞在しているとまるで我が家に戻ってきた気分です。実に、朝出発してから約17時間後のことでした。大きな休憩は山頂の30分とヘルンリ小屋での荷物整理を兼ねた30分ぐらいなので、よく自分としては頑張ったものです。ヘルンリ小屋からは約4時間の下りでした。重たい足取りで階段を上がり、部屋にたどり着いて、登山靴や着ている服をそこらじゅうに脱ぎ捨てて、ベットに思わずバタンキューでした・・・・・・。


しばらく一息ついてからは、まずはアクティブマウンテンの茂木さんに下山報告の電話です。携帯を途中で鳴らしたのはやはり彼女でしたが、携帯が壊れてしまったみたいで出れなかったと報告。彼女はジョージからマッターホルンの登頂に成功したことは電話で報告を受けていたので、私が電話に出れなかったのは既にホテルに戻って寝ているのだと思っていたそうです。(苦笑)ゴンドラに乗り遅れて、今頃やっと歩いてツェルマットのホテルに戻った話を聞くと、にわかに信じがたいようでかなり驚かれておられました。


それから日本の実家に電話。寝ぼけ眼に起きてきた父親がかなり驚いていた。実は最後に電話した時には天候などのこともありたぶん登れないと思うと伝えていたのでした。登るのも最後の最後まで決心できない部分もあったので、今回はエージェントも入っているので万一の場合にも大丈夫だろうと思い、これ以上親の心配を増やさないことにしたのでした。(帰国後父に尋ねると、私が行っていた間はずっとインターネットのライブカメラでマッターホルンの画像を毎日眺めていて、一番よく晴れた日に登れてよかったね!!と言ってくれた。)


電話を済ませると、やっとお風呂です。
実は下山している時に一番望んでいたことは、「早く温かいお風呂にゆっくりと浸りたい」というものでした。その気持ちが一番足を前進させたのでした。日本ならば<温泉、温泉♪>って気分ですから、温泉がないのでせめてたっぷりのバスタブに浸かって疲れを癒したいという素朴なものでした。ところが、途中から気づいてましたが、自分の両手は破滅的な状態で見るも無残な状態でした。手を洗うと傷口が沁みて激痛が走ります。実は手袋をしないというイケナイ子だったので、全ての指先と手の平に無数の傷が走り、大変な状態です。両手をまともに使えないお風呂は気分は良かったですが、物もつかむのも難儀です。顔を洗うのも体を洗うのも全てしんどいです。今までは緊張していたのであまり指の痛みを感じていなかったですが、落ち着くと耐え難い痛みです。やっとお風呂を終えると食事です。大好物の定番のラーメンです。御餅とゆで卵入りを食べて大満足。以前ならば疲れると食欲も無くなっていたのが、少しはトレーニングしたせいかマシになったようです。


ヘルンリ小屋からの下りは、全体の疲れはあったもののオーバーパンツの下に履いていたCW−Xのタイツのお陰もあって足の負担も少なくて頑張れたようです。それに、何よりもジョージが私のペースに合わせて登ってくれて、引っ張られることなく登れたので、体力的には余力を残すことができたのがよかったです。全力を使い尽くして引っ張られながら登っていたら、とてもツェルマットまで降りてくる元気はなかったと思います。マッターホルン山頂4478mからツェルマットの町(標高約1620m)まで約2800mの標高差を降りてきて、
自分の足のトレースが山頂から町までつながっているかと思うと感無量です。かなりぼてぼての登山に徹して、決してカッコいいスマートな登山にはなりませんでしたが、それが残念ながら現在の自分の実力ということです。


しかし、手術後半年にして準備不足の中で挑戦して登れたことだけでも喜ぶべきで、
本当に多くの幸運が重なって登れたのだと感謝しております。
帰国直後に、たまたま行われた会社の健康診断の検査結果は「???・・・」な結果で、ちょっと数値的にショック。よく空気の薄い所を登れたなあと感心しております。もうあと半年もあれば持病の性質からして完治に至ると思うのですが、やっぱりちょっと時間が足りなかったようです。(^^;)天候に振り回されるマッターホルンであるがゆえの
休暇日数第一主義の方針で今年マッターホルンを狙ったので、本当にその方針が成功して良かったと思います。

★注:リフレッシュ休暇という名目の元で休暇の日数が多く取れるというだけの理由で、実力は大変?なまま行くことを決めたという意味で使ってます。(笑) つくづくと2週間の休暇だからこそ登れたのだと思います。


 ヘルンリ小屋4:17発  ソルヴェイヒュテ7:15
  (10分程度休憩)
 マッターホルン山頂10:31〜11:00
 ソルベイヒュッテ13:30
  (少し休憩)
 取り付き点16:33着   ヘルンリ小屋16:48〜17:15
 シュバルツゼー18:40
  (10分程度休憩)
 スタッフェルアルプ19:20頃通過  ツムット通過20:25頃
 ツェルマット集落外れ21:10  ホテルクーロン着 21:25到着






ヘルンリヒュッテへの道標 シュヴァルツゼーへのハイキングの道は気持ちよかった。
シュヴァルツゼーの少し上からマッターホルンを振り返る。
上に見えるのはたぶんリフト小屋?
シュヴァルツゼーを上から望む。ほとりの礼拝堂を懐かしく思う
シュヴァルツゼー。中央に見えるのがホテルで泊まろうか迷う(^^;) スタッフェルアルプ付近より北壁を眺める。
ようやく見えたツムットの集落